不破伴左衛門女房関の戸 写楽

不破伴左衛門女房関の戸 写楽

写楽は謎の多い浮世絵師です。その人物は誰なのか、色々な説が語られていますが、確証あるのは東洲斎写楽という人物によって残された作品たちがある、というだけです。


その謎めいた写楽の作品に似つかわしい、謎だらけの作品があります。
「不破判左衛門女房関の戸」。
写楽の作品の中で、存在したことが分かっていて、現存していない唯一の作品です。


では、一点もないのに、なぜ存在していたと言えるのでしょう。
実は、白黒写真があるのです。
しかしそれは非常にピントが合っていない、ぼや~っと状態で、しかも明治か大正時代に発行された冊子の中に掲載されているため、網点という粗いドットで印刷されています。
いつもの写楽作品ぽくないと、思われるかも知れません。
写楽と言えば、歌舞伎役者の胸から上を大きく描いた「大首絵」が有名ですが、この作品は、デビュー作「大首絵」のあと、全身像を表すようになった、第2期の作品です。


写楽関の戸もと

さあ、この作品をどのように甦らせたか、たどってみましょう。


そもそも「不破判左衛門女房関の戸」とは、歌舞伎「けいせい三本傘」という演目で登場する、悪役の不破判左衛門の妻です。年増の女性らしく、黒い羽織を着ています。
大きな手がかりが、ありました。その関の戸を演じた役者名が、メモのように書かれていたのです。
「佐野川市松」とあります。そう、「市松模様」の市松です。だから、裾からのぞく着物に市松模様が見えるのです。


onayo


役者は「三代目佐野川市松」。
この役者を描いた写楽の作品は、他にも複数ありました。中には有名な「大首絵」も。
市松の大首絵は、「祇園町の白人おなよ」「蟹坂籐馬と祇園町の白人おなよ」です。それに、全身像の作品もありました。
市松の顔の特徴は、大きな鼻と男性らしいほほのラインです。まずは、大首絵からその特徴もふくめた顔の輪郭線をトレースします。
次に、やや猫背の特徴が分かる立ち姿をトレース。更に、別の役者でしたが、同じ大きさの写楽作品で、黒い羽織を着ている絵があったので羽織はそこから、羽織の裾にある蔦の絵柄もほかの写楽作品にあったのでそれぞれトレースして、材料をそろえます。


05合成画面Cs


それらを白黒写真の上に持ってきて、パズルのように組み合わせ配置していきます。
もちろん、すべてパソコン上の作業です。と言うよりも、パソコンならではの作業です。微妙な配置をさぐるためトライ&エラーが必要だからです。


写楽関の戸輪郭ups


特に目の位置など、同じ役者でも絵によって位置が違い、その調整には神経を使いました。


こうして輪郭線が出来あがりました。
ベールが外され、やっと実感が伴ってきました。作品として息づき始めたのを感じます。


写楽関の戸輪郭


彩色も、これまた難しい。
いつも絵の色は色褪せにくい顔料(岩絵具)の色で、そのデータベース、いわば色彩パレットを持っているのですが、浮世絵は染料が基本。
中には一週間やそこらで変色してしまう染料もあって、いかに浮世絵が消費する雑誌のような存在だったかを想像させます。
色々な色の参考資料とサンプルと照らし合わせ調整した後、専門の先生と相談しながら決定していきました。


この作品の復元は、ここで終わりではありません。
出来上がったデジタルデータをもとに、実際に彫師、刷師の職人にお願いし、版画作品として仕上げます。
まさにデジタルとアナログの融合です。


06彫師摺り師Cs


下絵を制作した私は、いわば写楽の立場。
下絵をもとに、職人が腕を奮って下さるという、贅沢で貴重な体験をしました。
髪の一本一本を繊細に彫っていく彫師、ばれんが完全にフィットした腕を微妙な力加減で色をこすりつける刷師。
こうした出来上がった浮世絵作品は、やはり手のぬくもりを感じさせます。絵柄が派手でない分、そのぬくもり感が際立っています。


写楽関の戸復元


デジタルの技術により、アナログの世界を広げ発展させる……。これは、私の抱く夢のひとつです。少しでもこうして実現できたのは、本当に嬉しい限りです。


写楽関の戸復元ups




写楽関の戸三作品s


最後に、この作品は三作品で構成されるシリーズの一枚でした。
こちらも色復元した他の二枚と並べると、なるほど、色のバランスがよくとれているのが分かります。
この作品は、三枚並べて鑑賞するようにできてるわけです。
ということは、三枚買わせるという商売の意図も見えてきます。そういう面でも面白い作品です。

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