《賞道》掛け軸を駆使した玉堂の奥行き感!
浦上玉堂の文人画、国宝「凍雲篩雪図(とううんしせつず)」で告知しました、「賞道のすすめ」四回目は、「掛け軸」がテーマでした。
「掛け軸」は実に難しい。なぜなら、「触って、いじって、体感する」をモットーの「賞道」なのに、掛け軸は床の間に掛けてしまえば触れることはありません。さらには、眺める位置もある程度限られ、日本美術では珍しい西洋絵画的鑑賞が成立する形態です。
なかなか、解体するとっかかりが見出せなかった…。また、茶道に必須なアイテムとして掛け軸を扱った時に、茶道の深淵なる世界から抜け出せなくなった…という前回の賞道の苦い経験もあります。
その苦悩ぶりは、過去のブログに残されています。
過去のブログ記事「第4回「賞道のすすめ 掛け軸」終わりました。」
そこを救って下さったのが、いつも「賞道のすすめ」に参加して下さっている方々。よほど私よりも順応性が高く、その感覚の発展ぶりには舌を巻きます。
芸術家のSさんは、自ら水墨画を描く状況を想像し、山の遠景、民家の中景、手前の橋の近景の順に描くことから、それぞれがレイヤーのように重なっていることを発見、さらに手前の近景を描き終わったとき、自ずと下から上を見上げることになると指摘しました。
「下から仰ぎ見る」は正に賞道的鑑賞法です。
また、いつも鋭い意見を披露して下さるTさんも、季節ごとに掛け軸を掛け替える行為に触れ、普段の生活の中で季節と一体になる「道具」としての掛け軸を指摘して下さいました。
な〜んだ、屏風や絵巻物も変わりないじゃないか、と吹っ切れました。
日常の生活の中でマメに掛け直し、上からだんだんと姿を現わす縦長の画面を味わう。また普段は下から見上げ、風景の奥行き感を体感する…。縦長の画面は、下から見上げると急激に先細り、遠景の山は鋭く天空に突き刺さります。手前の近景は、より大きく手前にぐぐぅっと迫ってきます。(人物像の場合は、そびえ立つ姿を仰ぎ見ることにより、威光を感じることができます)
縦に長い特殊な画面は、奥行き感や臨場感を体感するのに、最高の画面だったのです。
触って、操作して、見るこちらから画面に飛び込んでいく賞道的鑑賞法は、やはり「掛け軸」でも有効であることがはっきりしました。
もしかすると、茶道の発達する前の、もともと本来の鑑賞法を取り戻したのかもしれません。