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昨年の夏、静岡体育文化協会(体文協)の社会人大学に呼んでいただき、静岡県下三か所をめぐって「賞道」を体験していただきました。実は、同じ昨年度の社会人大学の6月は、穴太衆石工頭の粟田さんが御登壇され、穴太衆も石垣も興味があった私は、お話を聞きに行ったのでした。


https://blogs.yahoo.co.jp/dqwfc557/33589543.html
そのときの記事は「方丈記的ブログ」に記載しております。
(ヤフーブログはなくなるそうで、5月以降アメーバブログに移行します)

その粟田さんが春の体文協一泊バスツアーで、地元の琵琶湖のほとり坂本を案内して下さるというので、参加したいと申し出たところ、体文協の佐野さんから「でしたら、小林さん、翌日お話して下さいませんか」とお勧めいただいたので、こんな私でしたら、ということでお引き受けしたのでした。

やっぱり面白かった、というか、もうとても粟田さんには敵いません。(別に競っているわけではありませんが…)その生きざまとか、気合とか、語らずに感じさせるオーラとか、私になくて私が憧れるものをたくさんお持ちの方です。

今回もちょっとしたお話で、気になることをおっしゃいました。その言葉の前に、文化財に指定されている石垣を修復する場合は、ひとつひとつの石に番号をつけ、墨で十文字の印をつけて水平垂直の記録もつけて解体し、戻すときは元あった通り番号順に、そして水平垂直も合わせて直さないといけないのだそうです。

穴太衆石工頭の粟田さん。頭上の大石が出っ張っていますが、今年修繕するそうです。すぐにはくずれはしないけど、とおっしゃってました。

そこで疑問が出てきました。
きっちり元通りに戻すのと、自由に新規に積んでいくのと、どちらが作業的に大変なんでしょう。
「きっちり元通りに戻す方が、楽です。だから、若いのが育たないんです」
これなんです、ぽっ、と簡単に色々な内容を含んだ言い方をするんです。

今は文化庁などからの修復の仕事がほとんどで、その行政は、現状維持を一番大切にするあまりに、そのまま戻せといいます。それは一見正しいのですが、石工にとっては「考えて、感じて積む」修行ができないのです。
つまり、文化財を後世に残すことはできても、文化そのものを残していることにはなりません。これは小さくない問題だと思いました。
でも、こんなことが色んな職人の世界にきっとあるのだと思います。

話は変ります。
その日最初に行った西教寺。来年の大河ドラマは「明智光秀」が主人公だそうですね。一族の菩提寺である西教寺では早々に飾り付けが。
しかし私が注目したかったのは、客殿です。これ、伏見城から移築したそうで、色々な間の装飾を狩野派が手掛けています。鶴の間や賢人の間、帝鑑図のある上座の間など、賞道的には中に入って鑑賞したかったのですが、なんとのぞき穴から見るという、残念な状態。これでは何も伝わりません。

その素晴らしさを伝えられるようにできていない客殿。私の地道な戦いは続きます。

翌日は、私の担当です。私は粟田さんと反対に、話してみな様を盛り上げるしか術がございません。まずは醍醐寺に行き、色々とご案内…なのですが、肝心の桜は蕾がほとんど。ですが、だからスムーズに見学ができるというものです。
一分咲きくらいでも花開いているものもあったので、それなりに鑑賞できたのではないでしょうか。

昨年夏の台風で、かなり被害の大きかった醍醐寺。
それでもけなげに咲く桜に感動ひとしお。

さてそのあとは、長岡京までいき筍懐石で有名な「錦水亭」にて講演です。(もちろん、筍料理に舌鼓を打った後に)

みなさんよく歩いてよく食べた後なのに、元気いっぱい!
私も調子に乗っていろいろと冗談交じりにお話ししたら、どっかんどっかん受けますので、本当にいい気分になってしまいました。でも、これが怖いんですよねえ。気をつけないと。
そんな盛り上がった現場の動画が、you tubeにアップされました。

どうでしょう。楽しそうでしょう?
実際、楽しかったのです。静岡の方々は、楽しむのがお上手です。

そして、お気持ちが本当にあったかい。
東京のアトリエに戻ってみたら、一枚の絵手紙が送られてきていました。
屏風の送付や、実は実現するまでに色々と苦労があったのですが、ホントやってよかったと思いました。喜んでいただくことがモチベーション、ってイチローも言ってるくらいですから。